8月27日
北海道の日記は後日。
今日は何かを書かないと寝れない日だと思ったので何かを書こう。
最近Twitterも現実〈リアル〉も攻撃的な言葉や思いが多い。
凍結だ、個人の考えの冒涜だ、感動ポルノだ、障害だ。
そんな言葉に反応しているとこちらの心が蝕まれていくようだった。
あとは今日、障害を言い訳にしない、という言葉を見かけた。
僕は小耳症と外耳道閉鎖症を先天的に持っていたので生まれつき左耳が聞こえない。
右耳は手術で聞こえるようにしてもらった。
左耳が聞こえないので誰かと話すときは必ずその対象の左側にいる。
昔からそうだった。
「病気でさー、ごめんね」と比較的親しい人には告げている。
言わなければ分からない。それは人間でいる限り絶対だ。テレパシーなんて無い。
だからこそ言い訳は必要だ。誤解を招くくらいならがんがん言い訳するべきだ。
本人にとっても他者にとっても。
他人の気持ちなんて分からない。自分の思いで濾した他人の気持ちでしか無い。
だからこそ自分を思わなければならないと思う。
個人的に自分自身に関してはあまり期待してないのだけれどね。
自分語りはこのあたりにするぞ。
今日はバイトがあったがそれが終わり、外に出たら鈴虫が鳴いていて、あぁ秋がコツコツと近づいていると感じた。
しかし雨だらけで気温も低かった今年の夏なのに虫は狂いもなく(狂っていてもわからないけれど)何かを告げて偉いなと思う。
眠気もまた秋と共にやってきたようなので、ここらでおやすみだ。
またこんど。